働き方改革関連法やハラスメント対策の法改正が相次ぎ、企業に求められる労務管理の範囲は年々広がっています。とりわけ中小企業や医療・看護の現場では、人事部門だけでは対応しきれない場面も増えてきました。
実際、「自分の業務のどこまでが労務管理にあたるのかわからない」「担当者を置く余裕がないまま現場で対応している」と感じている方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、労務管理の基礎から管理職が押さえるべき実務ポイント、看護・医療現場での注意点までをわかりやすく解説します。
労務管理とは?定義を簡単におさらい

まずは、労務管理の定義と人事管理・勤怠管理との違いを順に整理します。
労務管理の定義と厚生労働省の見解
労務管理とは、労働基準法をはじめとする法令にもとづき、従業員の労働条件と職場環境を整える業務です。具体的には、日々の出退勤の記録、毎月の給与計算、社会保険の届け出、職場の安全衛生対策といった業務が含まれます。
また、労務管理は法令を守れば済むものではなく、会社と従業員の間で認識をそろえる工夫が求められます。厚生労働省の「やさしい労務管理の手引き」でも、「使用者と労働者で十分に話し合うことが必要」と明記されています。
とくに残業の上限や有給休暇の取り方、給与の計算方法など、ルールが複雑なテーマほど事前の共有が欠かせません。説明がないまま運用を続けると、「聞いていなかった」という不満からトラブルに発展するおそれがあります。
出典:厚生労働省「やさしい労務管理の手引き」
労務管理と人事管理の違い
労務管理と人事管理は、管理対象が「労働そのもの」か「従業員個人」かによって役割が異なります。両者の違いを下表にまとめました。
| 項目 | 労務管理 | 人事管理 |
|---|---|---|
| 管理対象 | 従業員の「労働」そのもの | 「従業員」個人 |
| 主な業務 | 勤怠管理給与計算社会保険手続き就業規則整備 | 採用人事評価異動・配置教育研修 |
| 目的 | 労働環境の適正化と法令遵守 | 人材の確保・育成・活用 |
表のとおり、どちらも「人に関わる業務」ですが、守る対象が異なります。労務管理が法令や就業規則といったルール面を担うのに対し、人事管理は採用・育成を通じて組織の力を高める役割を担います。
中小企業では同じ担当者が両者を兼務する場合も多いですが、勤怠記録のミスは給与や社会保険の手続きに直結するため、労務管理側のチェック体制がとりわけ重要です。まずは自分の業務が労務・人事のどちらにあたるか確認してみると、優先順位をつけやすくなります。
労務管理と勤怠管理の違い
勤怠管理は、出退勤の記録・残業集計・有給把握など時間の記録に特化した業務で、労務管理を構成する業務のひとつです。給与計算も社会保険の手続きも勤怠記録があってはじめて進められるため、労務管理のなかでもとりわけ精度が問われる分野といえます。
労務管理の具体的な仕事内容

労務管理の仕事は、勤怠管理・給与計算・就業規則・社会保険・安全衛生の5つの領域に分かれます。それぞれの具体的な仕事内容を見ていきましょう。
勤怠管理
勤怠管理とは、日々の労働時間を記録する業務です。給与計算や社会保険手続きの土台となる以上、タイムカードやICカード、パソコンの使用記録など、客観的な方法で記録しなければなりません。
自己申告のみに頼った記録方法では、実際の労働時間との食い違いが起きやすく、残業手当の未払いや法令違反に発展するおそれがあります。誰が確認しても同じ数字になる記録方法を選ぶことが、トラブルを防ぐポイントです。
給与計算
勤怠データをもとに基本給・残業手当・各種控除を算出し、毎月の給与明細を作成する業務です。残業手当の割増率は時間外・深夜・休日で異なり、所得税の源泉徴収と住民税の特別徴収(どちらも給与から天引きして会社が代わりに納税する仕組み)、社会保険料の控除、年末調整までが対象に含まれます。
計算ミスは従業員の不信感や追徴課税を招くため、勤怠記録の段階から正確に処理する必要があります。
就業規則の作成・届け出
労働基準法は、従業員を常時10人以上雇用する会社に、就業規則の作成と労働基準監督署への届け出を義務づけています。就業規則の記載事項は、始業・終業時刻、休憩時間、休日・休暇、賃金、退職の5項目のほか、賃金の項目に昇給、退職の項目には解雇事由も記載しなければなりません。
就業規則は届け出て終わりではなく、法改正や働き方の変化に応じた継続的な見直しまで含めて管理する大切な業務です。
社会保険・福利厚生の手続き
従業員を雇用した時点で、企業には健康保険・厚生年金保険・雇用保険・労災保険の加入手続きが義務づけられます。届け出は入社時だけでなく、退職や扶養家族の変更といったライフイベントのたびに発生するため、届け出漏れが起きないよう管理体制を整備しなければなりません。
これらの社会保険は「法定福利厚生」にあたり、加入が法律で義務づけられています。一方、住宅手当や社員旅行など企業独自の「法定外福利厚生」は任意ですが、従業員の定着率に影響するため、年に一度は見直しの機会を設けたいところです。
安全衛生管理・ハラスメント対策
労働安全衛生法により、企業には従業員の安全と健康を守る義務があります。具体的には、年1回の定期健康診断や、従業員50人以上の事業場でのストレスチェックの実施、作業環境の改善など、年間を通じた取り組みが必要です。
ハラスメント対策も労務管理の重要な業務です。改正労働施策総合推進法(通称パワハラ防止法)にもとづき、大企業は2020年6月から、中小企業は2022年4月から防止措置が義務化されました。厚生労働省の指針では、企業が取り組むべき対策として次の4つを定めています。
- 方針の明確化と周知・啓発
- 相談体制の整備
- 事後の迅速な対応
- 相談者のプライバシー保護と不利益取扱いの禁止
社内の相談窓口を設けたうえで、対応方針を就業規則に明記しておくと、問題が起きたときにも迅速に対処しやすくなります。
労務管理の目的と重要性

そもそもなぜ労務管理が必要なのか、3つの視点から整理します。
法令遵守の確保
労働基準法などの法令は、企業側が「知らなかった」と主張しても違反として扱われます。違反が発覚すると、是正勧告(法令違反を改めるよう求める行政指導)にとどまらず、書類送検や罰金に発展することもあります。各種法令を日常業務に落とし込む体制が欠かせません。
労働環境の整備
労務管理が機能している職場では、残業時間が月45時間以内に収まりやすく、有給休暇も取りやすい雰囲気が生まれます。反対に、長時間労働や有給休暇の取りづらさが放置されれば、心身の不調や離職リスクが高まりかねません。誰もが働きやすい職場をつくるうえで、労務管理は欠かせない基盤といえます。
生産性・人材定着率の向上
無理のない労働時間と明確なルールが整った企業では、従業員のパフォーマンスが安定しやすくなります。「働きやすい」と感じる従業員が増えれば定着率も高まり、採用や教育にかかるコストの削減にもつながるでしょう。
管理職が必ず押さえるべき労務管理の知識

管理職に就くと、自分の業務に加えて、部下の労働時間やハラスメント対策にも目を配る必要が出てきます。ここでは、管理職が押さえておきたい3つのポイントを解説します。
労働条件と36協定
従業員を法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて働かせるには、労使間での協定締結と労働基準監督署への届け出が必要です。これが、労働基準法第36条を根拠とする「時間外労働・休日労働に関する協定」、いわゆる36(サブロク)協定になります。
36協定を結んでも、時間外労働には原則月45時間・年360時間の上限があります。特別条項付きの場合でも、年720時間以内・月100時間未満(休日労働含む)・2〜6か月平均80時間以内を超えることはできません。管理職には、部下の労働時間がこの範囲に収まっているか常に確認する責任があります。
ハラスメント防止義務
改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)により、大企業は2020年6月、中小企業は2022年4月から、パワーハラスメント防止措置が事業主の義務となりました。
管理職には、パワハラにあたる言動を正しく理解したうえで、部下からの相談に速やかに対応する役割があります。あわせて、自分自身の指導が意図せずハラスメントになっていないかを振り返る習慣も持っておきましょう。
「指導のつもりだった」では済まされない場面もあるため、研修・社内ガイドラインを活用して定期的に知識をアップデートするのがおすすめです。
メンタルヘルスとストレスチェック
従業員50人以上の事業場では、年1回のストレスチェックの実施が労働安全衛生法で義務づけられています。2025年5月に公布された改正法により、この対象が50人未満の事業場にも拡大されることが決まり、公布から3年以内(2028年5月まで)に施行される予定です。
ただし、ストレスチェックは年1回の実施にとどまるため、管理職が日ごろから部下の変化に目を配ることも大切です。「遅刻が増えた」「表情が暗い」「ミスが続く」といったサインに早めに気づき、産業医やカウンセラーへつなぐことで、不調の重症化を防ぎやすくなります。
看護・医療現場の労務管理のポイント

医療現場は24時間体制でのケアが前提となるため、一般企業とは異なる労務管理が求められます。ここでは、夜勤対応・過重労働防止・法改正対応を軸に、管理者が押さえておきたい労務管理の注意点を解説します。
夜勤・交代制に使う「変形労働時間制」
医療現場では夜勤や交代制の勤務が避けられないため、通常の労働時間の枠だけでは対応しきれない場面が出てきます。こうした勤務体制を法定の範囲で運用するために設けられているのが、1か月単位の変形労働時間制です。
この制度では、1か月以内の一定期間を平均して週40時間以下になるよう日ごとの労働時間を配分できます。仮に夜勤で勤務時間が長くなった日があっても、ほかの日を短くすれば法定の範囲内として扱われます。
導入には、就業規則への明記または労使協定の締結のいずれかが必要です。自院の勤務体制に合った運用ができるか、事前に確認しておきましょう。
夜勤時間の上限管理と過重労働の防ぎ方
医療現場の過重労働対策で基軸となるのが、夜勤時間の上限管理です。
診療報酬の施設基準では、看護職員の月平均夜勤時間を72時間以下とすることが求められており、超過すると入院基本料の算定に影響が出ます。シフト管理の見直しやタスクシフト(業務の一部を他職種に移管すること)、ICT(情報通信技術)の活用で夜勤時間の適正化を進めましょう。
スタッフの勤務時間や健康状態を定期的に確認できる体制を整えておくと、過重労働の早期発見につながります。
2026年から始まる「カスハラ」への対策
2026年10月からは、カスハラ(カスタマーハラスメント)対策が事業主の義務に加わります。医療機関では、患者やその家族からの暴言・暴力・過度な要求が該当する可能性があるため、対応方針を決めて相談窓口を設けておく必要があります。
労務管理に関するよくある質問
最後に、労務管理について寄せられる質問にお答えします。
労務管理は誰がおこなう?
大企業では人事部や労務部、中小企業では総務や経理が兼務するのが一般的です。いずれの場合も、管理職は自部門の勤怠把握やハラスメント防止に責任を持つ立場となり、専門性の高い実務は社会保険労務士への委託も選択肢となります。
小規模な会社でも労務管理は必要?
従業員が1人でも労務管理は必要です。労働基準法は企業規模にかかわらず適用されるため、労働条件の明示、勤怠管理、給与計算などは規模を問わず適切に対応する必要があります。なお、健康保険・厚生年金保険などの社会保険手続きは、法人か個人事業か、従業員数、勤務時間などの要件によって加入義務が異なるため、自社が適用対象となるか確認しましょう。
労務管理に役立つ資格はある?
代表的な資格は「社会保険労務士」「労務管理士」「衛生管理者」の3つです。社会保険労務士は手続き代行が可能な国家資格、労務管理士は実務知識を学べる民間資格、衛生管理者は常時50人以上の事業場で選任が義務づけられている国家資格となります。
管理職ができる労務管理の第一歩は?
管理職にできる第一歩は、部下の勤怠の変化に日ごろから気を配ることです。残業が急に増えた、有給休暇を取れていない、体調がすぐれないといった小さな変化は、過重労働やメンタル不調の兆しかもしれません。
気になる点はひとりで抱え込まず、人事や産業医へ早めに共有すると、問題の早期発見につながります。
まとめ:労務管理の基本を押さえて働きやすい職場をつくろう
労務管理は、勤怠・給与・就業規則・社会保険・安全衛生まで、働く現場のルールと環境を整える業務です。法令遵守にとどまらず、従業員が安心して力を発揮できる職場づくりのための仕事といえます。
とくに2026年10月にはカスタマーハラスメント対策が事業主の義務となり、2028年5月までにはストレスチェックの対象が50人未満の事業場にも広がる予定です。まずは自社の就業規則が最新の法令に沿っているかを確認するところから始めましょう。
判断に迷ったときは、社会保険労務士に相談してください。できるところから少しずつ取り組めば、誰もが安心して働ける職場はつくれます。このほか、当サイトでは関連コラムもご覧いただけますので、あわせてご確認ください。